こんにちは!育休中の作業療法士ぺぺです。
ブログにお越しいただき、ありがとうございます!
なにがきっかけで開いてくださったかは分かりませんが、こうして読んでいただけて本当に嬉しいです!
今回は、今の旦那と出会ってから、現在の会社に転籍するまでの波乱万丈なエピソードをお話ししようと思います。
※身バレ防止のため少しぼかして書いていますが、もし知人が見つけても「あいつだな…」と心の中に留めて他言無用でお願いします!(旦那にバレるとめちゃくちゃ怒られるので、どうか私のためにもご協力をお願いします…!)
前置きが長くなりましたが、それでは本題に入りましょう!
【地元編】ネットで出会った彼を追いかけて上京
私は大分県出身で、専門学校は福岡県の学校に通っていました。
現在の旦那とは、当時ネット(オンライン)で出会いました。
付き合い始めた当時、彼は東京、私は福岡という遠距離恋愛。
彼を含め、ネットで仲良くなったグループの友達が関東に多く住んでいたこともあり、私は親の反対を押し切って上京することを決意します。
母はとても心配性で、「一人で東京に行って暮らすなんてダメ!」と頑なに許してくれませんでした。
今となっては申し訳ないことをしたと思っていますが、当時は「オフ会でみんなに会いたい!彼氏も東京にいるし!」という気持ちが勝ちすぎていたんですよね。
ネットで出会った、しかもかなり年上の男性のところへ行くなんて、親からすれば怪しすぎて心配するのも当然です。
それでも私がまったく言うことを聞かないため、母は「彼と一緒に住む(同棲する)ならいいよ」と妥協して許してくれました。
高校時代の私は、電車や道端でしょっちゅう倒れてしまう体質でした。
そういった体調面や防犯面、精神面を心配した上での妥協だったのだと思います。今振り返ると、よく許してくれたなと感謝しかありません。
その後、無事に国家試験に合格して関東で就職が決定。
それまで何でも母に頼りっきりだったため、役所の手続きや書類集めを一人でこなせるか不安でいっぱいでした。
母や彼に助けられながらなんとか手続きを終え、彼との同棲生活と新社会人生活がスタートしました。
【東京編】楽しかった関東生活と、訪れた暗雲
最初は東京での生活が本当に楽しかったです!
大好きな彼と同棲でき、ネットの仲間と旅行や○○会(誕生日会やクリスマス会等)で集まったり、職場の同期とディズニーリゾートへ行ったり。職場の人にも恵まれ、飲み会も楽しくて「私の関東人生、最高!」と思っていました。
しかし、同棲を始めてから少しずつ暗雲が立ち込め始めます。
彼の仕事がうまくいかなくなり、付き合っていた4年間のうちに3回も転職することになったのです。
特に1回目から2回目の転職活動期間が一番長く、その間の家賃、光熱費、クレジットカードの支払い、生活費はすべて私が負担することになりました。
彼も仕事が決まればお給料を入れてくれましたが、そういう時に限って急な出費が重なるもの。
さらに、二人暮らし用に借りた家賃が高めの部屋だったため、私一人の給料では当然まかないきれません。
彼の貯金も底をつき、次第にカードローンなどの借金に頼るようになっていきました。
(ちなみに転職活動中、彼は家事をすべて引き受けてくれていました。私が家事嫌いなのもありますが、彼なりの罪滅ぼしだったのかなと今では思います。)
突然の「福岡行こうか」と、明かされた衝撃の真実
同棲して4年目が経ったある日、彼が突然こう言い出しました。
「福岡に行こうか」
いきなりの提案に「は?何言ってんの?」と混乱しましたが、グッと堪えて「なんで?」と聞き返しました。
「福岡って良いところじゃん」
「物価も安いし」
「家賃も東京より安いのに広い家に住めるから良くね?」
九州に戻るつもりがなかった私は生返事で流していましたが、それからというもの、彼が福岡移住の話題を出す頻度がどんどん増えていったのです。
そして数日後、彼の様子に明らかな異変が現れ始めます。
- 平日のゲーム時間が異常に長くなり、夕方から朝方まで没頭する
- 好きだった食べ物を一切口にしなくなる
- やたらと深いため息をつく
- 貧乏ゆすりが激しくなる
限界を感じた私はある日の夜、「どうしたん?最近なんか変じゃない?」と声をかけました。
すると、日頃仕事の愚痴をまったく言わない彼がボロボロと涙を流し、会社で起きていた衝撃の事実を話し始めたのです。
彼が追い詰められていた理由
彼が3回目に転職した会社は、前職からの「引き抜き」で入社した家族経営の小さな会社でした。
しかし、その実態は以下のような過酷な環境だったのです。
- 社員全員が何らかの専門資格を持ち、3〜4ヶ国語を話せる超エリート集団だった
- 特別な資格がない彼を採用することに対し、社長の娘さんや社員一同から猛反対されていた
- 直属の上司から、やってもいないミスを捏造されて社長に報告されていた
- 娘さんたちから不審がられ、陰湿な嫌がらせや無視を受けるようになった
- 最初は庇ってくれていた社長も不信感を抱き始め、最終的には「給料を下げる」とまで言われた
業務内容もほぼ初めてのことでわからないなりに一生懸命に仕事をしていました。みんなに追いつこうと仲良くなったイギリス人の男性スタッフに英語を教えてもらったり、家で復習していたりと努力もしていました。それでも職場全体(特に上司の人達)から無視され、連携が取れないのに「できていない」と怒られる毎日に、話し好きでおしゃべりな性格の彼は精神の限界を迎えていました。
「もう東京にいるのは疲れた。逃げ出したい……」
福岡に行きたがっていたのは、私の地元に近く(※正確には福岡は地元ではないですが笑)、東京から離れたかったからだと分かりました。
九州へ戻るための「3つの条件」
彼の状態を見て「今すぐ辞めさせてあげたい」と思いましたが、現実問題として私たちには膨大な「借金」がありました。引っ越す費用すらありません。
話し合いの結果、「あと1年頑張ってお金を貯め、1年後に福岡へ引っ越す」という計画を立てました。
そして私は、彼に以下の3つの条件を出しました。
- 母も一緒に九州で暮らすこと(一人で九州に残してきた母と同居する)
- 次の会社はどんなに嫌なことがあっても3年は働くこと
- 勝手に仕事を辞めたりしないこと
条件を飲むと約束してくれたことで彼は少し持ち直し、ご飯も食べられるようになりました。
しかし――それから1ヶ月も経たないうちに状況はさらに悪化。「食欲がない」「眠れない」「仕事に行きたくない」と、完全に限界を迎えてしまったのです。
これ以上引き延ばすことはできないと悟った私は、自分の職場に退職(九州への転籍)の意思を伝え、いよいよ九州移住に向けて動き出すことになりました。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
「東京から脱出する」と決めたものの、当時の私たちには引越し費用すら残っておらず、さらなる壁が立ちはだかることに……。
後編では、怒涛の九州引越し劇、お金(借金)のリアルな問題、そして現在の暮らしについてお話しします!